写世(うつしよ)の僕から現世(うつしよ)の君へ』
脚本試し読み

脚本:岩井恭平

プロローグ
ヴィアN 「さあ、さあ! 物語が始まるよ!  ( ) れなるは、とある少年たちの運命の調べ! おぉっと、忘れちゃいけない!  小粋 ( こいき ) で謙虚な妖精もいっしょだ! 彼らの想いの果てを、とくと……んん?」
ヴィアN 「なんだか不思議な力が干渉しているな? 運命を動かす、 ( ひと ) ( しずく ) の力……そこで私たちを見ているのは、誰だい?」
ヴィアN 「まあ、いい。それも定めなのだろう!」
ヴィアN 「未熟な、しかし強い想いを ( いだ ) く少年たち! 彼らの手が触れ合うことができるのか、はたまた ( はかな ) くほどけてしまうのか……とくと、ご ( ろう ) じろ」
シーン1
ノアN 「ずしり、と重い石を背負って生きているみたいだ」
ノアN 「俺は何のために……誰のために生きているんだろう?」
ノアN 「心が沈むたびに、太陽のように輝く 金色 ( こんじき ) の髪が脳裏をよぎる」
ノアN 「君に、また会いたいよ……リベル……」
ノアの独白、終わり。シーンは現実へ。
カンッ! ガンッ! という木剣が打ち合う音。騎士学校の日常。
ノア 「はっ! せいっ! たあっ!」
教師A 「剣の振りが遅くなっているぞ、ノア・バーンスタイン! これくらいで疲れているようでは次の騎士学校対抗戦で連覇はできんぞ!」
ノア 「はいっ! やあっ! せいっ!」
教師A 「他の者たちは、ノアを見習うように! 本日の実技の授業はここまで! 次は座学だ! 移動しろ!」
ノア 「はい!」
カラーン……カラーン……とチャイム代わりの鐘の音。
よく響く音だが、どこか空しい音。
ノア 「はい、ガリス 戦役 ( せんえき ) があったのは 王歴 ( おうれき ) 234年です」
教師B 「よろしい! さすが主席のノア君だ、よく予習をしているね。騎士学校の生徒たる者、学業もおろそかにしてはいけない。卒業まであと二年、皆も励むように」
カラーン……カラーン……。
教師C 「クイック、クイック、ターン! クイック、クイック、ターン! ……礼儀作法やダンスを軽んじている者は、立派な騎士にはなれないぞ! ノア! 前に出て手本を見せてやれ!」  
ノア 「……はい」
カラーン……カラーン……。
放課後になり、寮に帰ろうとするノア。
ノアN 「強くあれ。賢くあれ。正しくあれ。誰もが認める騎士となるため、俺は努力を重ねてきた……」
教師D 「おっと、ノア、寮に戻るところか? この前もご両親が君の成績を訊ねてきたぞ。主席を維持していると説明したが、いっそう厳しく指導してくれと仰っていた。教育熱心な親御さんだな! はっはっは!」
ノア 「……はい、ありがとうございます」
生徒A 「(ひそひそ声)優等生のノアだ。また教師に褒められてるぞ」
生徒B 「そりゃあ先生方のお気に入りだからな。真面目で優秀、まだ16歳で卒業まで二年もあるのに、すでに騎士団の目にとまってるらしい」
生徒C 「でも、あいつ、平民だろ? 没落する前は貴族だったって噂だけど」
生徒A 「だから、必死なんだよ。お家の復興もアイツ次第ってわけだ」
生徒B 「寮でも夜中に剣を振ってるところを見たとか……ちょっと異常だろ」
生徒C 「いつも一人でいるしな。俺らみたいな劣等生とは付き合ってらんないってことだろ」
生徒たちの噂話を聞きながら、ノアの独白が続く。
ノアN 「この騎士学校を優秀な成績で卒業して、正式に騎士として 叙任 ( じょにん ) される。そうすれば没落した一族の名誉を取り戻すことができる」
ノアN 「両親はそう信じている。無理をして良い家庭教師を雇い、この騎士学校に俺を入学させた。逆にそれ以外を徹底的に排除して、友人を作ることさえ許そうとしない……」
ノアN 「俺はそんな両親の期待に応えるべく、日々、励んでいる」
ノアN 「でも最近、よく思うことがある……」
ノアN 「もし騎士になれたとして、それで俺は何を得られるんだろう?」
ノアN 「バーンスタイン ( ) は名誉を取り戻すことができるだろう。でも、俺は?」
ノアN 「騎士には憧れるし、いつかなりたいと心から思う」
ノアN 「でも俺は、顔を見たこともない国王陛下の騎士になりたいのだろうか? そう考えると、どこか違うような気がしてならない……」
独白を続けるノアの元に、別の生徒が駆け寄る。
新入生 「ノア先輩! この前は、いじめられていたところを助けてくれて、ありがとうございました!」
ノア 「……ああ、あの時の新入生か。騎士を目指す者として、当然のことをしたまでだ」
新入生 「あの……なんだか疲れているみたいですけど、大丈夫ですか? 顔色も悪いような……」
ノア 「……問題ない」
新入生 「あ……」
気遣う後輩を振り切る、ノア。
ノアN 「両親に友達を作ることを禁止されてきたせいか、それとも本来の性格か。今ではこのザマだ。立派な人見知りになってしまった……」
ノアN 「でも、こんな俺にも実は友達と呼べる相手がいた」
ノアN 「いた……はずだ」
ノアN 「今となっては、あれは日々の重圧に押し潰されそうだった自分が生み出した、夢や幻だったのではないかとも思う」
ノアN 「なぜなら、その友達がいたのは……鏡の中、だからだ」
ノアN 「俺と同い年だという、一人の男の子。俺は毎晩のように鏡越しに彼とおしゃべりをし、くだらないことで笑い合い……冷たい鏡面を挟んで手を合わせ、その温もりを確かに感じた」
ノアN 「でもある日、親に見つかって酷く叱られた。そんなものは幻にすぎないと言われ、家中の鏡が処分された。それ以来、あの友達とは会っていない……」
ノアN 「あれは本当に、ただの幻だったのだろうか?」
ノアN 「最近、あの頃のことをよく思い出す」
ノアN 「たった一人の友達……リベルのことを」
その時、どこからか声が聞こえる。
リベル 「ノア……」
ノア 「……えっ!?」
リベル 「ノア……」
ノア 「この声、この名前の呼び方……声変わりしているけれど……まさか、リベル……!?」
リベル 「ノア……」
ノア 「間違いない、これは……リベルだ! 一体、どこから……」
リベル 「ノア……」
ノア 「こっちだ! 校舎の奥か……!?」
ノアN 「俺は周りの目も気にせず、駆け出した」
ノアN 「忘れようもない、あの声、あの呼びかけ方。あの頃よりも成長しているようだが、唯一の友達の声を間違えたりはしない」
ノアN 「これも幻聴なのか? 俺はいよいよ、おかしくなってしまったのか?」
ノアN 「それでもいい! 今はとにかく、リベルに会いたい!」
ノアN 「あの太陽のような髪と、緑色の瞳を細めた笑顔を……また見たい!」
駆け足の後に続き、ガラッ!と扉を開ける音。
ノア 「ここだ! ここは……楽器庫? はじめて入った……」
リベル 「ノア……」
ノア 「間違いない、近くから聞こえる。楽器がいっぱいだな。……おっと!(シンバルを落とし、太鼓にぶつかる)」
リベル 「ノア……」
ノア 「ここだ! ……鏡の台? なんでこんなところに、こんなものが……」
ノア 「……えっ? 俺の姿が鏡に映ってない!?」
愕然とするノア。
ノア 「そういえばリベルと会っていた頃も、俺は鏡に映らなくて――」
そう言いかけた時。
ズルゥッ! と異様な音とともに鏡からヴィアの腕が伸びる。
ヴィア 「はーっはっはっはァ!」
ノア 「うわあっ! な、なんだ!? 鏡の中から、腕がっ! 掴まれた!」
ヴィア 「招待状もナシで、失礼! ミートパイは好きかァい?」
ノア 「は、はなせ! ……う、うわあああああっっ!」
鏡の中に引き込まれるノア。
後に残るのは、怪人の笑い声のみ。
ノアN 「俺は謎の腕に掴まれ、鏡の中に引き込まれてしまった」
ノアN 「鏡の中……その何も映さない、くすんだ平面の中に……」
ヴィア 「はァーっはっはっはァ!」
ヴィアの笑い声が遠ざかっていき、シーン終了。
シーン2
パリーン! という鏡が割れる音。
鏡の中、『 ( うつし ) ( ) 』。
森の中、半分ほど割れた鏡台の手前。
ノア ( ) たた……な、何が起こったんだ? ここは……森、の中……?」
ジャリ、と地面に散らばった鏡の欠片が音を立てる。
ノア 「これは楽器庫にあったのと同じ鏡の台? 半分くらい割れてしまって……欠片が、こんなに(シャララ……と欠片が手の中から零れる幻想的な音)。どうしてこんな場所に鏡が……いや、そもそも俺はなんでこんな森の中に……? 夢でも見ているのか?」
リベル 「ノア!!」
ノアN 「唐突に名前を呼ばれて振り返ると……そこには、懐かしい顔があった。太陽のような 金色 ( こんじき ) の髪と、豊かな森のような緑の瞳。今の俺と同じくらい成長していて、フード付きの上着を着ているけれど、間違いない」
ノア 「……リベル!?」
リベル 「うわあ、本当にノアだ! ノアが目の前にいる! この黒い髪! 灰色の目! 昔と変わらない!」
ノア 「わわっ! めちゃくちゃ触ってくる……! リベル? 本当にリベルなのか?」
リベル 「うん、そうだよ、ノア! 五年ぶりくらいだね! ようやく君に会えた! ずっと、会いたかったんだよ……?」
ノア 「それは、俺もだよ。でも、ちょっと待ってくれ。頭が追いつかない。ここは一体どこで……どうして、リベルがいるんだ?」
リベル 「それはね――」
ヴィア 「はーっはっはっは! その説明は、私に任せてくれたまえ!」
ノア 「うわっ!?」
ヴィア登場。
ノアN 「急に姿を現したのは……真っ白な髪と赤い瞳をした、若い男だった。その整った顔立ちとヒラヒラした服のせいで、一瞬、貴族か?と思った。いや、大げさな身振りと満面の笑みは舞台の役者か、あるいは……(詐欺師?と言いたいが言わない)」
ヴィア 「よーうこそ、ノア少年! ここは 現世 ( げんせ ) とは異なる、鏡の中! その鏡の中でも私の領域として生み出された、 ( うつし ) ( ) だよ!」
ノア 「うつしよ……? というか、誰?」
ヴィア 「おおっと、これは失礼! 私の名は、ヴィア! リベルの保護者であり、友人だ! まあまあ、私はただの脇役さ! お気になさらず! 感動の再会を続けてくれたまえ!」
ノア 「脇役にしては、自己主張が強すぎて……」
ヴィア 「いいから、いいから! さあ! 熱い抱擁を! とめどない涙を! 私のことなんて気にせずに! さあ、さあ!」
ノア 「う、胡散くさい……」
リベル 「ノア? 大丈夫?」
ノア 「あっ、と……すまない、リベル。まだ少し頭が混乱して……」
リベル 「ううん、そんなの当たり前だよ……」
ノアN 「そう言って、リベルは俺を抱きしめた。その温もり、その息づかいをはっきりと感じる……リベルは確かにここにいるんだ」
リベル 「君とまた会えて本当に嬉しい。ぼくと君はなかなか会えないような遠い場所にいるけど、ずっとこうして君と会いたいと思っていたんだ」
ノア 「……俺もだよ。まだ驚きと困惑のほうが強いけれど……ずっとリベルと会いたかった。やっと実感がわいてきたよ」
しばし感慨にふける二人。
ヴィア 「はーっはっはっは! とても良い! 子供たちが喜び合う姿は、かくも美しい! はーっはっばっ……ごほっ、ごほっ!(むせる)」
ノア 「くっ……コイツの存在感が邪魔すぎる……」
リベル 「あはは、ヴィアはこう見えて、根は良いヤツなんだよ! ノアに負けないくらい大切な、ぼくの友達だ!」
ヴィア 「そう、私はリベルの大切な……ん? こう見えて? 根は? リベル?」
リベル 「急にこんなことになって、ごめんね? 詳しい説明をするから、ついてきてよ! この森の奥に、ヴィアが用意してくれた場所があるんだ。ぼくが好きな童話に似せて創ってくれた素敵なところだよ!」
ノア 「この森の……奥?」
ヴィア 「そう、そう! 早くしないと、こわぁーい魔物に見つかって、食べられてしまうかもしれないぞ?」
ノア 「魔物!? 魔物がいるのか!?」
リベル 「ヴィア! もう!」
ヴィア 「はーっはっは! ほんの冗談さ、冗談!」
リベル 「ここは安全だから、安心して? さあ、行こう、ノア!」
ノアN 「一体、何がどうなっているんだろう……? でも俺はリベルの誘いを断れなかった。ただ薄暗い森に入るのは少し怖くて……こっそりとポケットに鏡のカケラを忍ばせた。そしてリベルに導かれるまま、ついていく。」
シャラ……シャラ……とカケラを落とす音。
??? 「……グルルル……」
ノアN 「目印代わりに鏡のカケラを落としていく俺の耳に、どこからか ( けもの ) の唸り声のようなものが聞こえた気がした……」